ARGON18(アルゴン・エイティーン)は、カナダ・ケベック州の都市モントリオール(フランス語圏のため現地ではモンレアルと発音)を拠点とする、スポーツバイク専業のカナディアンメーカー。セントローレンス川の中洲に発展した「北米のパリ」と呼ばれる美しい街で、1989年に元プロロードレーサーのジェルベー・リュー(Gervais Rioux)によってブランドの歩みはスタートした。

ツアー・オブ・ルクセンブルグ、ツアー・オブ・ネバダ、グランプリ・ド・シクリスト・モンレアルなどのプロレースでの勝利、3度の全カナダロードチャンピオンなど通算150勝以上を挙げたプロロードレーサー、ジェルベー・リュー。1982年コモンウェルスゲーム、1988年ソウルオリンピック出場を経験し、1990年の世界選手権ロードレースを最後に引退した。

モントリオールを拠点とするプロチーム「EVIAN MIKO(エヴィアン・ミコ)」の所属選手だったリューが、プロ生活最期の年に駆ったバイクがARGON 18だった。当時、地元サイクルショップのプロデュースするショップブランドとしてスタートしてわずか1年のARGON 18は、リューの活躍により一躍脚光を浴びるようになる。しかし同時にショップは経営難に陥っていた。

「競技生活最後の年は1990年。9月に日本で開催された世界選手権ロードが最後のレースだった。引退したら自然療法師になろうと思っていた。なぜなら選手時代から、正しく食べて、健康でいられる方法についていつも興味を持っていたから。引退してから学校を卒業するのにまだ3ヶ月あった」とリューは言う。

引退して間もないリューは、ショップのオーナーからビジネス参加の誘いを受ける。一度はそれを断ったが、数週間後に倒産の瀬戸際に立たされた話を聞き、自身が関係をもってきたショップを危機から救う決心をする。経営権を50セントで買い取り、債務ごとビジネスを引き継ぐことに。1990年12月、リューは引退してから2ヶ月余りで選手からショップ経営者になった。

プロ生活最後の年の1990年にはチームEVIAN MIKO(エヴィアン・ミコ)の選手として走った現CEOジェルベー・リュー
カナダ代表ジャージを着てヨーロッパのレースを走った現CEOジェルベー・リュー。ビンディングペダルやエアロパーツをいち早く取り入れた
オフィスに1990年に宇都宮で開催された世界選手権ロードのポスターがあった。CEOジェルベー・リューの現役最期のレースだった
現CEOジェルベー・リューが経営したモントリオール市内のサイクルショップがARGON 18のルーツだ
初期のARGON 18製ロードバイク。スチールパイプの溶接に使うアルゴンガスと元素番号18がブランドの語源だ

北米一のクライマーと讃えられたリューの強みは、その肉体の強靭さとともに、スポーツバイクのテクノロジーそのものへの興味と好奇心、並ならぬ探究心だった。選手時代には最先端の機材を積極的に導入。まだ誰も使わないビンディングペダルやエアロブレーキレバーなどをいち早く使用し、自身でカスタマイズしたパーツでレースを走ってきた。

配管工の父をもつリューは、幼少の頃より機械に囲まれて育ち、パイプを使って好きなものを組み立てて遊んだという。自転車に乗るようになると、16歳の頃よりサイクルショップで働き、フレームやパーツを自身で加工するようになる。選手時代もモントリオール在住のイタリア人フレームビルダー、ジュゼッペ・マリノーニ氏(77歳でアワーレコード達成のレジェンド的存在)の工房を訪ねては、スポーツバイクについてアイデアを出し、より効率のいいフレームのジオメトリーやライディングポジション、セッティングを追求してきた。

リューが手がけるARGON 18ブランドのスポーツバイクには、選手時代の経験とノウハウの蓄積が活かされていた。その後の10年間でリュー自身が店頭でユーザーに対して採寸し、フィッティングを施して販売したスポーツバイクは累計2,000台にのぼった。そのジオメトリーへのこだわりやフィッティング理論に評価が高まり、ビジネス業績も伸び続ける。現在も同社の基礎となっているAFS(アルゴン・フィット・システム)と呼ばれるテクノロジーは、リューの選手時代からの経験と膨大なデータベースの蓄積の産物でもある。

創業からのロゴマークの変遷

1990年にARGON 18はインターバイクに初めて出展され、北米大陸への展開が始まる。翌年にはヨーロッパにも進出。続いてオセアニア、アジアへの輸出も開始され、ARGON 18ブランドは世界各国で確固たる地位を築くことになる。

そしてこの頃、カーボン時代到来の兆しが見えはじめる。カーボン素材の持つ可能性にいち早く着目したリューは、カーボンフレーム開発に乗り出す。同時にアジアに渡り、量産化のため製造部門を担う工場を開拓した。2001年には同社初のカーボンフレーム、HELIUM(ヘリウム)を製品化する。

クロモリやアルミからカーボンへ。素材が変わっても「Optimal Balance(最適化されたバランス)」をコンセプトに設計された「乗りやすく速いスポーツバイク」という同社の追求するテーマは変わらなかった。

ロードレースやタイムトライアル、トラック競技、トライアスロンの分野のアスリートやレーシングチームへのサポートと、彼らとの共同開発により、ARGON 18は着実に進化を続けた。2006年にはトライアスロンのロングとオリンピックディスタンスの2分野で3つの世界チャンピオンのタイトルを獲得する。

2008年にはタイムトライアルバイク「E-114」がユーロバイクアワードを受賞。ヘッドチューブとフォークが一体となる独創的なフレーム構造や、エアロダイナミクスを向上させる機能の数々、ハンドルの上下高、ポジションを自在に変化させることができる自由度の高い画期的な機構などによる総合性能の高さが国際的な評価を受ける。

いちサイクルショップを元に始まったARGON 18のビジネスは、1999年以降も毎年20%の割合で伸び続けた。ARGON 18はカナダのチームスパイダーテック、アメリカのジェリーベリープロサイクリングチームとのパートナーシップを通じて、常にレースの環境のなかで研究開発を行ってきた。プロチームの実戦から得られたフィードバックをもとに、リューの追い求める「Optimum Bike」の開発は続いた。

そして2015年にはサブスポンサーに名を連ねるドイツ籍のUCIプロコンチネンタルチーム BORA ARGON 18が世界最高峰のレース、ツール・ド・フランスへの出場を果たす。ツールへの出場はバイクメーカーとしては夢の成就とも言えるが、リューのこだわりは、一方的なサプライヤーとチームの関係でなく、互いが密な関係を持ち、両者がさらに前進できる環境を築くことを前提にしていた。チームはレースを走り、ARGON 18は選手たちと協働しながらバイク開発に専念した。

カナダ・ケベック州モントリオール市内にあるレンガ造りのARGON 18社屋
ARGON 18のスタッフ
社屋内の各所にモントリオールで開催されたロードレースのポスターが飾られる
ARGON 18のジオメトリーの基礎となるAFS(アルゴン・フィット・システム)の元となったハンドメイドのフィッティングスケール
北米向けの製造ラインでバイクをアッセンブルするスタッフたち
社内に振動&破壊試験機を備えた開発ルームを設ける

チームBORA ARGON 18は2年連続でツールに出場した。そしてARGON 18は2017年からはUCIワールドチームであるアスタナプロチームのバイクスポンサーとなる。つまりツール・ド・フランスはもちろん、シーズンを通して世界の最高峰のレースに常に出場する権利を得たことになる。

2017年のファビオ・アルによる第12ステージの優勝とマイヨジョーヌ獲得により、ARGON 18はツール・ド・フランスでその存在をアピールしたのだ。それだけではなく、トップクラスのチームとともに世界最高レベルのレース参戦から得られたものは、研究開発を経て製品へとフィードバックされた。

トラック競技でもARGON 18は数々の記録を更新している。2016年リオデジャネイロ・オリンピックでは、デンマークのトラックナショナルチームのオフィシャルバイクとなり、同国の選手のバイク製作を一手に請け負った。前大会オムニアム金メダリストのラッセ・ノーマンハンセンら強豪揃いの同ナショナルチームからのリクエストや選手とのバイクの共同開発は、多くのものをもたらした。ARGON 18のR&DチームはFEAー有限要素法、CFDー数値流体力学、ウィンドトンネルを用いた風洞実験や3Dプリンタを用いたプロトタイプの製作・解析などをもって、メダル獲得のために尽力した。最新のELECTRON PROは2021年、カナダ、デンマーク、オーストラリアのナショナルチーム、HUUB WATTBIKEが採用し、世界のトラックレースシーンを席巻する。

ハワイ・コナでの2017年アイアンマントライアスロン世界選手権におけるバイク使用ブランド調査においては5位となり、ユーザー数において昨年の40%増しという支持を得た。

ミーティングルームに展示されたバイク。デンマークナショナルチームが使用したトラックバイクも
ツール・ド・フランスに初出場、山岳ジャージを着たポール・フォス(ボーラ・アルゴン18)が駆ったバイク
ARGON 18がスポンサードしたチームスパイダーテックやプラネットエナジーのジャージが飾られる
ファビオ・アル(アスタナ)が駆ったARGON 18 GALLIUM PRO
アスタナが駆ったARGON 18 NITROGEN PRO
2017年ユーロバイクで話題を呼んだNOTIO Connectを搭載したバイクのコンセプトモデル

すべてのARGON 18は、ジオメトリー、剛性、バランスの最適なコンビネーションを追い求めて誕生する。なぜなら創業者のリューは、自身の選手経験により、フレームのジオメトリーや剛性とともに、快適性も重要であることを知っていたからであり、これがARGON 18のバイクづくりに活かされている。つまり、速さと同時に、扱いやすいハンドリング性能を持つこと、ハンドルやサドルが、サイクリストそれぞれのライディングスタイルにあわせて最適な位置に調整できることも重要であるというわけだ。その結果として、ARGON 18が開発のうえで求めるのはOptimal Balance(最適化されたバランス)であり、ARGON 18は常にOptimum Bikeを作り続けることが、彼らの基本理念となっている。

現在は年間15,000台、世界70カ国以上で販売されるARGON18のスポーツバイクは、その一台一台が専門化された知識の結晶だ。サイクリストの形態学に沿って、ヒューマンパフォーマンスを最大限引き出すことを核として、誰にでも乗りやすく効率的、かつ快適なバイクの開発。ビジネスを大きくすることは第一の目的にあらず。究極のバイクを造ることこそがARGON18の第一の目標であることは、これからも変わることがない。

モントリオール市内で今も営業されるCycles Gervais Rioux
Cycles Gervais Riouxの店内。ジェルベー・リュー本人がユーザのフィッティングを行うこともあると言う
ショップに飾られる、現CEOジェルベー・リューがプロ生活最後の年に駆ったARGON 18バイク
チームバイクの下には、1990年のグランプリ・ド・モンレアルに勝利したジェルベー・リューの写真が飾られている